三島 裕子
囲炉裏には男どもが湯呑みで酒を酌み交わしていた。その真ん中には祖父の金八がおり、叔父や叔母に囲まれニコニコと、キセル煙草と酒を楽しむ。炉端では餅も良い塩梅で焼けてきたようで、母はせっせと味噌をなすりつけている。
大人たちの合間を潜り抜け、同じ歳の従兄弟と祖父の背後に廻るとニヤニヤしながら歌い出す。
「じいちゃんの頭はつーるつる!」
母は怒るが、やられた当人は大笑いしながらただ、頭を撫でられるままにしている。自分の子供だけで七人が集まり、さらに孫がそれぞれ二、三人付いてくるのだからこれくらいのことは何でも無いのだった。
痩せてはいるが、毎日の農作業と山仕事で足腰は丈夫な事と、晩酌の積み重ねで多少のお酒では酔わないだろうが、ご機嫌なのはわかる。
祖父は不意に立ち上がると、背後にある燻されて真っ黒な食器棚を開け、何やら取り出したかと思うと、大きな声をあげた。
「ええもん食べさせてやろうかなあ。」
さっきまで散らばっていた孫共は一斉に集まり、口々になんやなんやと前に陣取る。
大事そうに抱えた大瓶の蓋を開け大匙を突っ込むと、褐色のどろりとした液体を掬い上げながら祖父が言う。
「木のウロから採れた蜂蜜やぞ。お爺が見つけたんや。すごくうんまいぞお。」
皆が餌を待つ雛のように匙が口元に来るのを待っていた。食べた者は皆、うーんとうめきしばらくウットリとその味を楽しんでいるようだ。そのびっくりするぐらい茶色い液体は、私の知る蜂蜜とは違っていた。それは濃厚な甘さで香ばしくまさに焼き栗を思い出す風味さえする。
「こんだけ黒い蜜は、熊蜂かも知れんなあ。」
祖父はニコニコしながら配り終えた匙をまた舐めながら、しっかりと蓋をして瓶を食器棚に戻してしまった。
一巡しかしないことを知り、名残惜しくいつまでも眺めるが、また囲炉裏に座り込むと祖父は、キセルに葉を詰めはじめる。
それきりあの蜂蜜が目の前に現れることもなくなった。
大人になった今だから熊蜂は蜂蜜を作らないのは知っているが、それでもあの味には出会えていない。記憶の中のあの煤けた食器棚は、まさに木のウロのようだったな、と思うばかりである。
(完)
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