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第8回 蜂蜜エッセイ応募作品

あなたが私を素敵にしてくれる

三間

 

 旅先の朝、おいしそうなものがずらりと並んだビュッフェテーブルに巣入りの蜂蜜を見つけると、うきうきと胸が弾む。
 それは、私にとって素敵なホテルの象徴なのだ。
 外国がまだひたすらな憧れであった幼い日、ファンタジーを読むように読み耽った紀行文で、初めて巣入りの蜂蜜と出会った。
 欧羅巴の小さな街の片隅にあるプチホテルでは、朝になると庭のテーブルにクロスがかけられ、朝食の準備が始まる。並ぶのは、絞りたてのオレンジジュースに牛乳がたっぷり入ったカフェオレ、それに巣入りの蜂蜜だ。
 木の匙を差し入れると、半透明の巣はサクリと儚い感触を残して砕け、乳酪の上で黄金色に透きとおった破片を輝かせる。想像の中の巣入りの蜂蜜は、濃厚な甘さを纏いながらもほろほろと口の中で溶けていった。
 本物に出会ったのは、三十歳も過ぎてからだった。それまで懐にも、日程にも余裕のない仕事をしていた私は、週末に休める会社に転職してようやく旅行に行けるようになっていた。
 朝食の席に置かれていたそれを、最初はオブジェだと思った。うっすらと白い膜を張った金色の塊が、背の高いケースに入れられている。はっと巣入りの蜂蜜だと気付いた私は、うきうきと近くに置いてあったスプーンを取り、戸惑った。巣が立てかけられたケースからはひっきりなしにとろとろと粘度の高い蜂蜜が滴り、スプーンも、それが置いてあった皿も、周囲のすべてがベタベタしていた。
 気を取り直して、席に腰を下ろす。べたつく指を拭い、甘みのないヨーグルトに乗せた蜂蜜を一口食べて、止まった。
 巣が、溶けないのである。味もない。
 ざらついた感触の薄い膜は舌で押すとぐんにゃり曲がるのに、どうあっても溶けずにそこに居ようとした。蜂蜜とヨーグルトは一瞬で胃に流れて行ってしまい、蝋細工めいた巣ばかりが舌に残る。これは吐き出すべきなのか。それとも飲み込むのか。上目に周囲を窺うが、他に蜂蜜を食べている人はいない。うろうろと視線を彷徨わせた果てに、私は紙ナプキンを取ると口元を拭うふりでこっそりと吐き出した。
 ちょっと予想とは違ったけれど、それからも私の心臓は、巣入りの蜂蜜を見るたびに弾んだ。ここは素敵なホテルだ。私は今、素敵な旅をしている。
 今の私は、巣入りの蜂蜜の食べ方なんて生まれた時から知っている、という顔で皿に掬い取る。そうして取った巣を、憧れと、失望と、照れくささと一緒に飲み下す。ヨーグルトと蜂蜜が先に旅立ってしまわないよう、出来る限り迅速に。

 

(完)

 

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