西方由香
かつて冬の盛り、職場でインフルエンザ予防としてハチミツうがいが推奨され、突如、「うがい用」というシールが貼付されたポリチューブ入りのはちみつが給湯室に設置されることになった。なぜはちみつ?うがい?誰のアイデア?色々と戸惑いつつも、藪から棒の提案がいつの間にか受け入れられたのか、はちみつは順調に消費され、残量が少なくなったチューブは逆さまに自立できなくなってきた。その様子にもどかしさを感じた誰かが持ち込んだのか、給湯室にトイレットペーパーがロールごと登場し、芯の空洞部分にはちみつが逆立ちして置かれるようになった。
れっきとした食用として生まれ、食卓で重宝されることを待ち望んでいたはずなのに、ある日突然不本意に「うがい用」のラベルを貼られたはちみつ。とある職場で誰からとも知らぬ不条理な仕打ちに意気消沈し、膝から崩れ落ちそうになりながらトイレットペーパーと出会うことで再び自立を果たす。かたや、当たり前のように人々の生活に溶け込み、価値を語られることなどなく、世間からの軽んじられた評価を甘んじて受け入れていたトイレットペーパー。半ば自暴自棄になりつつ孤独に存在し続ける道を歩もうとした折りにはちみつと出会い、その自立を助けることでアイデンティティを形成し、互いに必要な存在であることを知る。
だがしかし、冬が去りインフルエンザの心配がなくなると「うがい用」はちみつが姿を消し、給湯室にぽつねんと佇むトイレットペーパーの虚無感よ。
季節のうつろいによって「うがい用」はちみつと切り離されたトイレットペーパーのぽっかり空いた空洞に、往年のヒットソング「失恋レストラン」の歌詞『ぽっかり空いた胸の奥に詰め込む飯を食べさせるそんな失恋レストラン』のような哀愁を感じた。一心同体に冬を過ごしたはちみつに裏切られたトイレットペーパーは笑いを忘れた道化師のよう。トイレットペーパーは自らの涙をロールに巻かれた紙で拭くのだろうか。
様々な分野で技術革新が進む中、食品容器においても日々改良が重ねられている。逆さにして立てられるスタンドボトル開発の背景に、挫けそうになったはちみつとトイレットペーパーの起死回生からの失恋レストランへと続く物語を想うのであった。
(完)
蜂蜜エッセイ一覧 =>
蜂蜜エッセイ
応募要項 =>
Copyright (C) 2011-2024 Suzuki Bee Keeping All Rights Reserved.