田中洋子
小さい頃、弟とよく近所の田んぼに遊びに行った。買ってもらったばかりのピンクのサンダルを履いて。春の暖かな日差しの中で、レンゲの花飾りや花束を作るのが好きだった。そしてもうひとつのお楽しみはレンゲの蜜を吸うこと。小さなピンクの花の1つひとつを外しては時間のたつのも忘れて甘い蜜を吸う。ミツバチのように、レンゲの花を求めて少しずつ移動しながら。その時だった、右足の親指に針が刺さった。ミツバチの針が。
どうやら、移動する際にお仕事中のミツバチを踏んでしまったようだ。
手にレンゲの花飾りを持って家まで泣きながら帰った。家までの道のりの遠かった事。痛い右足を引きずりながら、やっとの思いで家に辿り着き、母の顔を見た途端に、涙が後から後から流れ出て、ただ泣くばかりの私。その横で弟が訳を話してくれていた。母に薬を塗ってもらう間も右足の親指はズキズキと痛む。楽しく甘い時間は、ミツバチによって痛くて苦い思い出に変わってしまった。
大人になってからは瓶に入った黄金色の蜂蜜に木のスプーンを入れてひとさじすくっては紅茶にコーヒーに、あるいはそのまま口の中へと、甘い蜜を流し込む。小さい頃の思い出と共に。
私たちは、子どもの頃に花の蜜を吸った。レンゲ、椿、名前も知らない花たちの蜜をミツバチのように。今の子どもたちは花の蜜を吸ったことがあるのだろうか。ほんのりと甘く花の香りのする蜜を。おそらく、百花蜜と書いてある蜂蜜の瓶の中にあるものが、花々のめしべの奥深くに密やかにあることを知らないであろう。
子どもの頃のやわらかな匂いと優しい甘さ、そしてちょっぴり痛くて苦いけれども、幸せな思い出があるからこそ、瓶の中の蜂蜜がより愛おしく、宝物のように光り輝いているのだろう。
(完)
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