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第8回 蜂蜜エッセイ応募作品

オオスズメバチからの教訓

長谷川とま

 

 「あっ、痛い!」と思った時は遅かった。目の前には大きな蜂が!羽音をブンブンさせて二度目の攻撃態勢に入っている。私は何もかも放り出して、一目散に玄関に飛び込んだ。脈はある、意識もある、死んでない、よかったと思い、その場にへたり込んだ。
 14年前の秋のことだ。縁の下から大きな蜂が出て来るのに気が付いた。注意しなくてはと思いつつも、伸び放題の雑草も気になり、恐る恐る草むしりを始めた時だった。刺されたのは右眉の下。次第に痛みが増し、皮膚科に行ったが薬はまったく効かない。頭は割れるように痛く、右瞼は見る見る腫れ上がった。右目は漢字の「一」の字のようで、何も見えない。
 翌日、専門業者に駆除を依頼した。宇宙服のような姿の男性が縁の下にもぐり、直径40センチほどの巣を取り出した。「見ますか?」「取っておきますか?」。私の答はいずれも「NO」。とは言え、怖いもの見たさもある。外に置かれた巣を左目で覗くと、小指くらいの蜂がびっしり。オオスズメバチといって、毒性が強く凶暴な蜂なのだそうだ。刺されると死ぬこともあるという。
 衝撃と恐怖。その時、私は誓った。この先何があっても蜂に関係するものは食べない、触らない、近寄らないと。その後、蜂蜜を始め、蜂を連想させる茶色と黒の縞模様の菓子類は一切食べず、テレビに蜂が映ると即座にチャンネルを変え、黄茶と黒のジャージのラグビーチームは決して応援しなかった。
 それから十年。衝撃がいくぶん薄まってきた頃、所用で広島に出かけた。ホテルの朝食時、隣のテーブルの女性が「これとっても美味しいよ」と言いながら、何やらをヨーグルトにかけている。連れの男性も同じように何かをどっさりかけている。好奇心から見てみると、それはレモン入りの蜂蜜だった。瓶の中で黄金色に輝いている。「そんなに美味しいなら、ほんのちょっとだけ味見程度に」と自分に言い訳してヨーグルトにかけてみた。結果は言わずもがな。優しい甘さと爽やかな風味が舌の上に広がる。その日を境に私はあの「誓い」をあっさり捨て、蜂に関することすべてを解禁した。
 帰路同じものを土産に買い、その後レンゲ蜂蜜やアカシア蜂蜜にも手を広げた。死ぬような思いをしたが、オオスズメバチは大事な教訓を与えてくれた。人生に不変はない。今では「絶対〇〇する(しない)」「誓って△△する(しない)」は言わなくなった。
 今朝もレンゲ蜂蜜で元気な一日が始まる。

 

(完)

 

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