黒 妙
6歳くらいの頃だった。
母は、父親の不倫や別居、借金などで私を育てる余裕がなく、祖父母の元で暮らしていたが、その時は祖母が病気で一時的に母の家で暮らしていた。
風邪をひき、熱も咳も出てひどく苦しく眠れない夜だった。
母は私を引きずり起こし、「明日も仕事があるのに。さっさと静かにしろ」と薬を飲めと出した。
しかし、腫れた喉に薬の粒は大きく感じ、いつも持っていたタオルに吐き出してしまった。
「飲むことも出来ないのか!」
眠るのを害された母はいつも以上に怒っていた。
私は委縮し、薬を飲みこもうとするも吐き出してしまっている。
怒鳴り、癇癪を起す母。私は何も普通に出来ない事に哀しく母に申し訳なく思いながら、何度も薬を飲もうとした。
次第に薬の周りの糖衣が剥げて、苦い粒になった。
余計にのどが細く絞まる。えづく。吐き気も出てくる。
母が睨んでいる。飲まなきゃ。飲まなきゃ。私はいつも誰かを困らせている。
泣きながら飲もうと何度も薬を口に含んでは、えずいて吐き出している。唾液と胃液でぐちゃぐちゃになるタオル。
背中で姉が部屋から出てくるのを感じた。
姉は4つ上だ。普段は一緒に暮らしていないので、話すことはなかった。台所で水でも飲んでいるのだろうか。
「ほら。○○子まで起きて来ちゃったじゃないか。お前がさっさと飲まないからだよ」
母がさらに促す。
それでも飲めない。
「ねえ」
姉が後ろに来ていた。
「これで飲んでみなよ」
見ると、カレースプーンにハチミツがこぼれない程度にたっぷりと入っている。
普段、家でハチミツを食べることはなかった。勝手に台所を開けるのは、はしたない事だと言われていた。
姉は近くに来て、私が吐き出した薬の粒をスプーンのハチミツに沈めた。
「ん」
私に差し出す。
スプーンの柄を持って大きく口を開けてスプーンをくわえてハチミツと薬を飲み込んだ。
薬はするりと喉の奥に流れていった。
後味は甘く何かの花の香りがした。
「飲めた」
私が言うと、姉は「ん」と短く応えて部屋に戻っていった。
薬の効果とハチミツの相乗効果だろう。喉のイガイガがなくなった。
ヨダレまみれのタオルは洗濯籠に入れて、代わりにならないけれど一応別のタオルを抱いた。口に残ったハチミツの甘さが心地よく、薬と泣き疲れですぐに眠ってしまった。
風邪はすぐに治ったと記憶している。
その後、祖父母の元に戻り、姉との会話もほとんどなかったが、優しい記憶として残っている。
(完)
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